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リュカ.第10回公演+時間堂「vocalise」公演情報

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2006/10/19

脚本家と演出家の往復書簡(3):「照れ」と「恥ずかしさ」について 

一功さま

横文字は「照れ」から出発しているというのは、興味深いですね。だって私は、横文字が「恥ずかしい」と思って敬遠していたわけですから、これはいよいよ水と油です。


「照れ」と「恥ずかしい」というのは似ているようで違っていて、照れの方はかけっこで褒められた小学生な空気が、恥ずかしいの方は零点のテストを見つかった小学生な空気があります。「怒られて照れる」とは言いませんし、「褒められて恥ずかしい」は成立しますけど、「褒められて照れる」とは意味がだいぶん違ってきます。

思い返せば、私は恥ずかしい思いというのは星の数ほど経験していますが、照れるという感覚は実に少ない。いまでこそ前向きな性格ととらえられがちですが、かつては根暗の王様みたいな性分でして、まあ10代なんて誰しもそういう者かもしれませんけどね。あまり人に褒められた記憶がない。もちろん褒められた事がないことはないのでしょうが、自分で拒絶してしまっていたんでしょうね。否定されたことは昔から良く覚えています。こんな事を書いていたらだんだん悲しくなってきました。

恥ずかしいという感覚は自分の行動原理に今でも根強く影響しています。演出家友達の三谷麻里子さんに「あなたは恥ずかしいことはやりたくない、っていう感覚で演出してるわねえ」と言われたことがあり、そのときに、ああ、そうかなと気づきました。そう考えると人生すべて消去法なのかもしれません。恥ずかしいことを遠ざけ、恥ずかしくないことを出来るだけ選択していく毎日。そんな消極的な生活こそが恥ずかしい気がしてきました。困ったぞ、自己否定になってしまった。

一功さんの方がまじめで、私の方がおちゃらけたように思える文章や外見や行動をとっているように見えるのですが、先の考察をふまえ「照れ」と「恥ずかしさ」という行動原理の軸を通すと、じつは私の方が真摯であり、一功さんこそがお気楽極楽な人間なのではないか、という仮説が成立します。

一功さん、リュカ.作中では物憂げで洗練された風味を発散していらっしゃいますが、実はぼーっとしたお気楽極楽人間なのではないですか。私は根暗で恥ずかしいです。

黒澤世莉
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  リュカ. - Lucas [lyka]

Author:  リュカ. - Lucas [lyka]

リュカ.第10回公演+時間堂
「 v o c a l i s e (ヴォカリーズ)」
Lucas [lyka] 10th note (in alliance with Jikando)
" v o c a l i s e "
2006年11月2日(木)?6日(月) 王子小劇場

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