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リュカ.第10回公演+時間堂「vocalise」公演情報

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2006/10/20

脚本家と演出家の往復書簡(4):気持ちのベクトルについて 

世莉さんへ

お返事ありがとう、渡邊です。世莉さんの指摘は正しく、私は作品の登場人物ほど深刻であることはとても少ないです。たしかに楽観主義者なのでしょう。でもそのわりに否定的な思考が多いのでしばしば困ってしまいます。むかし友人に「ネガティブなオプティミスト」と揶揄されたことを思い出しました。

さて、照れと恥ずかしさについてですがもう少し。
照れることは私にとって精いっぱいの取り繕いなのかもしれません。

意見が分かれるかもしれませんが、私にとって書くことやお芝居をすることはとても恥ずかしいことで、出来ればそれなしで過したいと思うことがしばしばあります。とはいえ作品を作るに連れて恥じ入る気持ちは、より多くのお客さんに観て欲しいという思いに変わっていきます。
ですが出所が「恥」なのはいかんともしがたく、最終的にはさまざまな「照れ」でごまかさざるを得ない感じでしょうか。

本来「恥ずかしい」と「照れ」は、世莉さんが記したように別のものなのでしょう。ただ対応する事象が同じものであったとき、相反する気持ちのベクトルとして作用するんじゃないかと思います。
例えば「賞賛」がその対象であったとき、自作への自信があれば「照れ」になりますし、自信がない作品を褒められたのであれば「恥ずかしい」ことになります。

少し話しがとりとめなくなってきたので、さきほど出た気持ちのベクトルについて。

脚本を読んで、あるいはこれまでの作品を観てお分かりかと思いますが、リュカ.の登場人物はたいてい内向きで大きな気持ちのベクトルを抱えています。むかしのリュカ.のテーマでいう「言い出せない言葉」「割り切れぬ気持ち」を胸に秘めているわけですね。
(※それはいまのテーマである「アンビバレンス」「ディスコミュニケーション」とほぼ同じものです。)

そして内にベクトルを秘めながら想いを伝えることが出来ず、すれ違っていた登場人物達がようやく最後になり思いの丈を……というのがだいたいのリュカ.の物語のパターンになっています。

私は自分が演出を執るときには「内向きのベクトルを持った者同士をどう向き合わせ、どのように外向きの思いをはき出させてドラマを構築していくか」を肝心な点としてきたのですが、今回世莉さんは「vocalise」の現場でどのようなアプローチをしているのか、ぜひお聞かせください。

渡邊一功
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  リュカ. - Lucas [lyka]

Author:  リュカ. - Lucas [lyka]

リュカ.第10回公演+時間堂
「 v o c a l i s e (ヴォカリーズ)」
Lucas [lyka] 10th note (in alliance with Jikando)
" v o c a l i s e "
2006年11月2日(木)?6日(月) 王子小劇場

?詳

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